現代人の目

目が最初に疲れる人が結構多い

「二四時間戦えますか?」というCMのコピーがはやりましたが、私たちは普通二四時間働くことはできません。どうしても疲れて仕事を休んでしまいます。どんなに急ぎの仕事が入っていても、疲れていてぱ仕事になりません。勉強に忙しい受験生でも疲れていては頭に入りません。

では、からだのどこが疲れて仕事を休むのでしょうか。ある人は頭が疲れるかもしれません。ある人は肩がこるかもしれません。でも耳や鼻が疲れて仕事を休む人は、まずいません。

このように人のからだのなかには、疲れやすい部分と疲れにくい部分があります。すべての部分が均一に疲れてゆくわけではないのです。

さてそれでは、コンピュータに向かって仕事をしている自分を思い描いてみてください。すごく調子のいい一日で能率が上がりました。でもそろそろ疲れてきています。どこが疲れていますか?肩ですか? 手ですか? 腰ですか? 頭ですか? それとも目ですか?

目が最初に疲れる人が結構多いのです。それもそのはず、農作業や建築現場などの肉体労働などぱ別として、オフィスの仕事のほとんどは目から入ってくる情報を処理する作業なので、どうしても目に負担がかかってしまうのです。ですから、目がなんとなく疲れて、目頭につい手をあ
てたくなります。「あI、今日も疲れたなI」というときは、目に手をあてる人が多いのです。

とくに、目が弱い人は二四時間どころか、数時間でも戦うことは大変でしょう。なぜって、目を開いていることができないからです。

では、なぜ目が疲れるのでしょうか? 目はどのようにしたら疲れなくなるのでしょうか?たとえ完全には予防できないとしても、どうしたらあまり目が疲れないようにできるのでしょうか? どうしたら必要なときに二四時間戦うことができるのでしょうか? それが、この本の主題なのです。

目の疲れはたしかにありますし、その原因も少しずつわかってきました。そうです、目の疲れは予防できますし、とることもできるのです。そのためには、まず目の疲れのメカニズムを理解していただく必要があります。そして、目の疲れは予防できるのだということを理解していただくことが重要です。そうすれば、目の疲れから開放された生活に近づくことができるのです。 


目の疲れはからだの疲れも誘う

目の疲れぐらいと、気軽に考えている人が多いようです。でも、これは大変な認識不足です。 

目が疲れると、どのくらいからだに影響があるかご存知ですか?

まず、目の疲れが肩こりは非常に関係があることがわかっています。編み物をするととたんに肩がこるという人は多いようですが、これは姿勢とも関係ありますが、最も大きな影響をうえているのが目なのです。私も肩こりはひどいほうで、コンピュータやワープロをやったり、車の運転や読書をすると、すぐに肩がこります。

頭痛も目の疲れと大きな関係があります。メガネをかけている人が頭痛を訴えたら、まずメガネが合っているかどうかチェックしろといわれているくらい、目と頭痛の関係は強いのです。みなさんも根をつめて勉強をしすぎて、頭痛がしたことはありませんか? あなたが勉強嫌いでなくても、小さな字を長時間見つづけていると頭痛の原因になります。

いらいらしたり、怒りっぽくなったり、なんとなく疲れたりと、目の疲れが原因になっていろいろな症状があらわれることもあります。目には、視神経ばかりでなく、三叉神経などたくさんの脳神経が集まっており、からだへの影響が大きいのです。

ですから逆に、目を休めることによってからだの疲れをとることもできるのです。ただ、からだの不調が目からきていることに気づかない人も多いので、まずこれに気づくことが大事です。からだの疲れが目の疲れと関係があるということがわかれば、目を大事にすることによってからだと心の状態が同時に改善できます。仕事をたくさんかかえている人、忙しくてしようがない人、とにかく目を使っている人は、からだの疲れが目の疲れからきていないかどうか兄極めてみる必要があるのです。


目の疲れを訴える現代人

目の疲れを訴える人が増えています。これだけたくさんの視覚情報を一手に引き受けているのですから、それはあたりまえといえなくもありません。ただし、目が疲れるとどうしても目をつむってしまいますから、情報化社会においては大変不利です。

「目が疲れてつい昨日は早く寝てしまった」とか「最近目が疲れるので本も読めない」とか「目が疲れて仕事の能率が上がらない」などという言葉をよく聞きます。では、あなたのオフィスにも蔓延しているこうした目の疲れに、どのくらいの人が困っているのでしょう?

私たちが一九九一年八月に行なったアンケートによると、首都圏2387人の成人男女のうち、目の疲れを非常に強く訴えている人は17.2パーセントにあたる410人で、日頃から目が疲れやすいとしている人は714人の29.9パーセントに達しました。疲れることがあるという人まで含めますとなんと1996人、83.6パーセントの人が目の疲れを訴えています。みなさん、仕事や勉強で目を酷使しているようですね。

日本の通勤ラッシュは世界的にも有名ですが、もうひとつ有名なものがあります。それは日本人ほど電車のなかで目をつむっている人種はほかにいないことです。朝の通勤電車を思い浮かべてください。だれでも一度は乗ったことがあるでしょう。本を読んでいる人、新聞を読んでいる人、窓の外を見ている人、さまざまな人がいますが、そ―つと目を閉じている人が多いのに驚かされます。

あなたも、「あ―あ疲れた……」とちょっと目をつむっている間に本当に寝てしまって、口をあけっぱなしにしていたり、よだれをたらしてしまったことはありませんか?

目からの情報がなくなれば、あっという間に脳への刺激ぱ減って眠りに誘われます。会議中や授業中もよく目をつむっている人がいます。目がちょっと疲れたと思って一時目をつむっているのでしょうが、本人は知らないうちに夢のかなたにさまよって、ぱっと気づいたら会議はもう終わっていたなんてありますね。

病院にも、目が疲れたといって来院される患者さんが激増しています。東京歯科大学の眼科に来院される患者さんのなんと20パーセントの人が目の疲れで悩んでいます。目の疲れを訴える方はさまざまです。勉強にいそしむ受験生、編み物ができなくなったという主婦、テレビを見ると疲れてしょうがないというお年寄り、車の運転をするとダメという運転手さん、レーザーメスが使えないという眼科医など、たくさんの方が困っています。

なかでも、コンピュータやワープロなどのビジュアルーデイスプレイ・ターミナル (VDT)を使ったときに目が疲れてしょうがない、という人が激増しているのです。

最近私のところを訪れたAさんは、商事会社の管理部門にいる四五歳の男性ですが、2、3年前からワープロを使い始めました。最初はなかなかの”便利モノ”と仕事の能串も上がりました。社内でも管理職では真っ先にワープロができるようになり鼻高々。ところが数か月前から、ワープロを始めると目が疲れてしょうがないというのです。ほかのことはなんとかこなせるのに、ワープロだけはどうもダメ。最近では書き物は下の者にやらせて、自分ではまったくやらなくなってしまったそうです。

Aさんの場合はまだ管理職であったため、ワープロやコンピュータを使わなくてもなんとか仕事ができていましたが、そうでない人はさらに深刻です。

銀行勤務のBさんは、まだ入社二年目のオフィスレディで、たくさんの数字をコンピュータに入力します。彼女も本などは読めるのですが、コンピュータに向かったとたん目がなんとなく不愉快になります。ひどいときだと、頭痛や吐き気まで催すようになるそうです。コンピュータさえ使わなければなんともないため、「精神的なものよ」とか「さぼるための口実よ」などと、上司や古参の先輩からいわれて立場がありません。実際、納涼会や忘年会などでは元気にはしやいでいるので、なんとも具合が悪いのです。悩んだ末に社内の内科で受診しましたが”折り紙つきの健康娘‘なんていわれてますます困っています。

人によっては、一日のうち何時間もVDTの画面を見つめています。ある人は一時間ならできるけど、それ以上になるとダメといいます。ある人はワープロはできるけど、終わった後、目がつらいといいます。ある人は目をタオルで冷やしながらワープロを使っています。ある日は目をタオルで暖めながらコンピュータをしています。

最近、目を冷やして疲れをとるという″目のひんやりシート”が売れているそうですが、目の疲れを訴える人がこれだけ多いことを考えると納得できます。最近のアンケート調査では、コンピュータを使っている人のなんと80パーセント以上の人が目の疲れを訴えています。

これだけコンピュータやワープロが普及してくると、「目が疲れるのでコンピュータはできません」などとはなかなかいいにくいでしょう。今後はさらにコンピュータが発達するでしょうから、コンピュータによる目の疲れは社会的間題でもあります。

コンピュータを使うことによって起こる肩こりゃ頭痛などのいわゆるVDT症候群は、姿勢やキーパンチそのものによる肉体的なものもありますが、目の疲れを介して起きていることも少なくおりません。従来から目を酷使している現代人が、さらにコンピュータやワープロで目を使うとなると大変です。もっとたくさんの人々が疲れを訴えてくることは間違いありません。


目の使い方が情報量を決める

いうまでもなく、この視覚情報は目を通して入ってきますから、目の使い方が情報量を決めるといっても過言ではありません。

目の使い方は簡単です。目を開けていればいいのです。このいってみればビデオカメラのような目は、どんな技術をもってしても追いつかないほど超高性能です。目を開けさえすればスイッチオン、しばらく待つ必要もありません。暗いところでも明るいところでも、部屋のなかでも室外でも、自動的に調整がなされます。人によっては、ピントがどうしても合わなくなることもありますが、この場合でも追加のレンズであるメガネやコンタクトレンズを使えば、かなりの程度の調整が可能です。

しかし、この素晴らしい情報器官であ・る目も、しっかりと開けていなければなんの意味もありません。つまり、目を開いている時間によって、私たちが得られる情報量が決まることになります。

もちろん、目を開けていて入ってきた情報がすべて有効に使われるかどうかは別間題です。仕事のあいまにボーツとしているときなど、まわりでなにが起きても、目は開けているのに頭には入っていないなんていうのは誰でも経験していることでしょう。

しかし、目を開けていなければ情報が入らないことは事実です。

たとえば、満員電車のなかでも目を開けていれば中づり広告などのさまざまな情報が目に飛び込んできます。目をつむっていればこれらの情報はあなたのものになりませんから、いい悪いは別にして、目を開けていたために情報を得たことになります。会議中でも、授業のときでも、目を開けている時間があなたのもっとも強力なインターフェイス(外界との接点)を使っているときといえます。

このように、あまりにも目という器官の役割が大きいために、メインコンピュータであ・る脳は目を閉じていると自然にその機能を下げてしまう傾向があります。もっとも、「目を閉じること=眠ること」でぱありませんから、目を閉じた状態で起きていることは可能です。しかし、目からの情報が入らないと意識レベルが下がることは、おおいにあるのです。

ですから、いねむり防止の意味でも、目を開いておくことが必要になります。目を開いていると知らないうちに情報が脳に届き、脳の機能が保たれるので情報を処理できるばかりでなく、意識≒ペルを保つこともできます。このメカニズムを知っていれば、さまざまなところで応用することができるでしょう。 


現代は視覚情報化時代

「情報社会」だといわれて久しい昨今ですが、情報を得るには感覚器官を通さなければなりません。感覚器官にはさまざまなものがあります。

話をするときは言葉の情報が交換されています。この音声情報は耳、すなわち聴覚を通して脳にいたります。毎日のおいしい食事、実はこれも情報となって舌=味覚を通して脳にいたります。いい匂いの香水、バラの匂いも情報です。これらは嗅覚と呼ばれて、鼻を通して脳に伝えられま
す。熱いお湯に手をつっこめば、とっさに手をひっこめるでしょう。これは、手の皮膚感覚が熱さの情報を得て反射的に行動を決めるからです。これらの、聴覚、味覚、嗅覚、皮膚感覚に視覚を合わせて、五感と呼んでいます。

これら五感のうちもっとも情報量が多いのが、視覚情報なのです。もし情報をすべてコンピュータで使われているビット単位に直して計算すると、視覚情報が全体の90パーセント以上を占めるといわれています。

すなわち、現代は「視覚情報化社会」だといい替えてもいいでしょう。このことは、実際にあなたの一日を振り返ってみれば、すぐに納得がいくでしょう。

朝起きて顔を洗ったら、まずテレビをつけませんか? そこでは日水中で世界中で起きたニュースが即時に伝えられています。ひと昔前ならラジオで情報を得たのでしょうが、いまでは車のなかなど以外ではラジオでニュースを知る人は少なくなり、ほとんどの人がテレビの画像を介して情報を得ています。車のなかでさえテレビやビデオを持ちこんでいる人もあらわれるようになりました。

オフィスに行けばそこは書類の山です。ワープロ、コンピュータも視覚情報をたえずつくりだしています。さらにコピーの普及で、文字情報の拡大再生産が繰り返されています。最近はファックスが普及し、電話そのものよりもファックスで情報を送ることが多くなりました。これも電話という聴覚情報が、ファックスという視覚情報にとってかわられたひとつの例です。

仕事が終わったあとの憩いのひとときでも視覚が重要です。ビデオ、テレビをはじめとして、最近ではファミコンなど目を使わない娯楽を見つけるほうがむずかしいくらいです。

昔から「百聞は一見にしかず」ということわざがあり、従来でも視覚情報が情報伝達手段として他とは比べものにならないくらい効率的なものだと考えられていましたが、現代社会はこの視覚情報がより重要になっている時代といっていいでしょう。

たとえば、湾岸戦争はみなさんの記憶にも新しいところですが、あのときのニュースを覚えていらっしやいますか? 爆弾の飛びかうなかをミサイルがビルめがけて正確に打ちこまれてゆくシーンがありました。これを言葉だけで説明しても、あの状況を伝えることなどとうてい不可能ですし、もしやろうとしたらどれはどの時間がかかるかしれません。でも、映像で見せれば一瞬のうちに状況を伝えることができます。それほど視覚情報は強力なのです。

さらにこれからの社会は、加速度的に視覚情報が重要になってくるものと考えられています。テレビ電話の普及から通信衛星の発達、画像を記録するための光ディスクの進歩、ビデオ機器のさらなる普及など、さまざまな条件がそろっています。すなわち、われわれ現代人は視覚情報化
社会のまっただなかにいるといえるのです。


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